日本経済新聞の10月8日の朝刊2面に「失われた時代の本質」処方箋という記事が掲載された。提言はかの有名な野中郁次郎一橋大名誉教授である
・企業にとって「失われた30年」の真因はどこにあったのか。「雇用、設備、債務の過剰が企業を苦しめたのはその通りだ。しかしより本質をいうならプラン(計画)アナリシス(分析)コンプライアンス(法令順守)の3つがオーバーだった
・数値目標の重視も行きすぎると経営の活力を損なう。例えば多くの企業がPDCAを大切にしているというが社会学者の佐藤郁哉氏は最近『PdCa』になったと言っている。Pの計画とCの評価ばかり偏重されdの実行とaの改善に手がまわらないということ。同感だ
・行動が軽視され、本質をつかんでやり抜く『野性味』がそがれてしまった。野性味とは我々が生まれながらに持つ身体知だ。計画や評価が過剰になると劣化する。
・計画や数値目標なしに経営は成り立たないが、これは現状維持には役立つが改革はできない。 欧米の科学的管理手法から発展したやり方は、感情などの人間的要素を排除しがちだ。計画や手順を優先させられると人は指示待ちになり創意工夫をしなくなる。
・計画や手順が完璧であることが前提だけに環境の変化や想定外の事態に直面すると、思考も停止する。高度成長期には躍動の原動力だったとしても、今では成長を阻害する要因だ
計画や評価の繰り返しで革新は起こらない。過去の成功体験があまりにも大きかったのが影響しているのかもしれない。刻々と変化する現実への対応を誤る傾向がこの30年、続いた
・バブルの絶頂期に向かう時期に「失敗の本質」を出した。組織というものは本来、変化に適応できるかどうかが絶えず問われる。旧日本陸軍の戦略のあいまいさ、短期志向、集団主義、縦割り、異質性の排除という点だ。今思えば過去30年の日本も底流にある問題は当時の日本軍と変わらなかった可能性がある。誤解を恐れずに言えば、事なかれ主義やリスク回避、忖度(そんたく)の文化が生まれやすい
・では成功の本質はどんなものか。過去の組織、戦略、構造、文化を変える。そして我々はなぜここにいるのかを確信できる価値と意味を問い直す。モノマネでは元も子もない。だから私は『考える前に感じろ』と訴えている
・ソニーグループを再生した平井一夫氏(前会長)が改革にはIQ(知性)よりもEQ(感性)と話していたのが興味深い。感動というパーパス(企業や組織の社会における存在価値や存在意義を示す言葉)で自信を失いかけた社員のマインドセットを変えたのだが、重視したのは共感だった。6年で70回以上タウンホールミーティングをしつこくやったという
・そこで重要になるのが個人に眠る暗黙知を集団で共有するプロセスだ。さらに徹底した対話を経て暗黙知を言葉や論理による形式知に変換する。最終的に集団で獲得した知の実践を通じ個人の暗黙知をもう一段高める。ホンダは経営や商品開発について現場の社員が徹底的に討論する『ワイガヤ』を重んじてきた。これは対話を通じて集合的に本質を直観する場合だ。お互いの理解を超えて関係性をつくるのはしんどいし、つらいプロセスだ。でも逃げずにやり切れば、新しい地平に至ることができる